オラトリオ「エリヤ」

クラシック音楽
久々に数点CDを購入しました。今回の目玉は、メンデルスゾーンの大作、オラトリオ「エリヤ」op.70です。

メンデルスゾーンの代表作と言えば、何と言っても交響曲第3番「スコットランド」、第4番「イタリア」、ヴァイオリン協奏曲ホ短調、そして劇付随音楽「真夏の夜の夢」ですが、何となくメンデルスゾーンの音楽には、陽光きらめく真夏があっている気がします。そんな訳で、私はメンデルスゾーンの音楽は、好んでこの季節に聴きます(逆に、秋から冬にかけて聴きたくなるのはブラームス)。
メンデルスゾーンという作曲家は、若くして亡くなってはいますが、何不自由ない幸福な人生を送ったようで、彼のそんなところは、音楽にも表れているように思います。ベートーヴェンのように、「苦悩を克服して歓喜へ」というようなところは皆無です。

ま、それも当然で、例えば恋を経験した事のない人が、美しい恋の物語を書いて人を感動させる事ができるはずはありません(かえって白々しくなるばかりです)。だからなのか、メンデルスゾーンは開き直って(?)、健康的で幸福に溢れた音楽ばかりを書き遺しています。正にその「深刻みのない幸福性」こそが、彼の音楽の売りなのかも知れませんね。

そんなメンデルスゾーンですが、単に耳に快い音楽だけならば、ここまで音楽史に名前を遺さなかったでしょう。あくまで私見ですが、彼の音楽を高めているのは「信仰心」ではなかったかと思うのです。バッハの「マタイ受難曲」を蘇らせたのは、彼の最大の功績の1つですね。敬虔な信仰心が、メンデルスゾーンの音楽を、単に耳に快いだけではない、深いものにしているような気がします。

そのメンデルスゾーンの宗教音楽の大作が、オラトリオ「聖パウロ」と、今回ご紹介の「エリヤ」です。パウロは新約聖書に登場する人物なので、知名度もある程度あると思いますが、「エリヤ」は旧約聖書の人物ですので、聖書を読んだ事がない方だと、聞いた事ないかも知れません。エリヤの物語を簡単にご紹介します。

エリヤは、紀元前9世紀頃のイスラエルにいた預言者です。旧約聖書の物語は、イスラエルの民が神ヤハウェから離れ、怒ったヤハウェが民を叩きのめし、悔い改めた民がヤハウェに救いを求め、ヤハウェが民を助け、しかしまたも民は神から離れ……という繰り返しが、「よくも飽きずに」と思えるほど延々と繰り返されます(「士師記」だけで7回も繰り返される)。エリヤの物語も、民がヤハウェ信仰から離れてしまった頃の事。

その頃イスラエルの民には、邪神バアルへの信仰が広がっていました。エリヤは民に「モーセの十戒に『あなたがたは、私(ヤハウェ)の他に神があってはならない』とあるではないか。あなたたちは、ヤハウェを拝むのか、それともバアルを拝むのか。ヤハウェが神ならばヤハウェに従え。しかしバアルが神なら、バアルに従うがよい」と宣告します。

そしてエリヤは、バアルの預言者たちと対決します。バアルの預言者は450人、対してヤハウェの預言者はエリヤ1人。

どんな対決かと言いますと、生け贄の牛を祭壇に捧げ、それぞれの神に祈り、火をもって答えた神こそ本物だ、というもの。民はみな「それがいい」と言い、バアルの預言者たちとエリヤの対決が始まりました。

まず先攻はバアルの預言者たち。預言者たちは朝から昼までバアルの名を呼び、「バアルよ、我々に答えてください」と言いますが、何も起こりません。しまいには、彼らはお互いの身体を剣や槍で傷つけ、血を流しますが、それでも何も起こりませんでした。

それを見てせせら笑うエリヤ。ヤハウェこそ唯一の神である事を知っていた彼は、「もっと大声で呼ぶがいい。バアルがお前たちの神なのだから。バアルは何か不満があるのか、それとも人前に出たがらないのか。多分眠っていて起こしてもらわなければならないのだ」と言い放ちます。

エリヤは、バアルの預言者たちを尻目に、民を呼び寄せます。そして、壊れていたヤハウェの祭壇を修復し、その周りに12個の石を置きました(イスラエルの12部族に由来)。その周りに溝を掘り、更に薪の上に生け贄の牛を置き、その上からたっぷりと3回水をかけさせました(つまり、インチキをして火をつける事はできないという証明であると思われる)。

それからエリヤが「ヤハウェよ、私に答えてください。そうすればこの民は、あなたこそ神である事を知るでしょう」と祈ると、たちどころに天から神の火がくだり、生け贄の牛は燃え上がり、炎は溝に溢れていた水までもなめつくしました。

その様子を目の当たりにした民はたちまち畏れ入り、「ヤハウェこそ神です、ヤハウェこそ神です!」とひれ伏しました。エリヤは「バアルの預言者を捕らえよ。1人も逃がすな」と命令し、バアルの預言者は皆殺しにされました。この辺りが、旧約らしい残酷さですけど(笑)。

エリヤの話は他にもありますが、一番有名なのがこの対決だと思います。そんなエリヤの物語を音楽にしたのが、メンデルスゾーンのオラトリオ「エリヤ」です。

まだ聞き始めたばかりですが、例えば同じ宗教音楽でもマタイ受難曲やヨハネ受難曲は、聴く前にある程度の覚悟を要するのに対し、「エリヤ」は、完成度の高い作品でありながら、「聴く側に優しい」曲という気がします。これこそメンデルスゾーンの筆のなせる技でしょうか。

ところで私が買ったCDはサヴァリッシュ指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団他の演奏で、演奏自体は良いんですが(アーメリングやシュライアーなど、声楽陣も豪華)、歌詞対訳がついてないのが困り物です。解説が手抜きという訳ではなく、むしろちゃんとした解説がついているんですけど。

この手の作品で対訳がないと、曲をまともに鑑賞できません。私の場合は、既に旧約聖書を読んで、エリヤの物語は知っているのである程度は分かりますが、聖書を読んだ事がない方だと、何がなんだか分からないかも知れません。購入される方は要注意です(レーベルはフィリップス)。

それと、解説で神の名前が「エホバ」になっているのが気に入らない(笑)。昔の文語訳聖書では、神の名前は「エホバ」になってたんですが、今では「『エホバ』は誤読で、神の名前は恐らく『ヤハウェ』であろう」というのが定説になっています(ちなみに、「エリヤ」は「ヤハウェは神である」という意味で、「エリヤ」の「ヤ」は「ヤハウェ」の「ヤ」をとっている)。

まあ、名前の読み方でこだわれば「それならば『イエス』も『イェホシュア』にすべきじゃないか」などと言われそうですが、カトリックやプロテスタントが現在「エホバ」という名前を使わないのは、恐らくあの「キリスト教風怪しい宗教(輸血拒否でおなじみ)」を連想させるからかも知れません(笑)。

CDの解説には、「エリヤ」の演奏を聴いて感動した、英国女王ヴィクトリアの夫君アルバート公の言葉が紹介されています。

「堕落した芸術のバアル信仰に取り囲まれながら、エリヤのように、その天才と努力とによって、真の芸術信仰を忠実に守り、空虚で浅薄な音の渦巻く中で、我々の耳をもう一度共感に満ちた感情と、正しい和声の純粋な音に親しませる事のできた気高い音楽家、やさしいささやきから自然の烈しい葛藤まで、あらゆる創作の錯綜を通じて、思惟の統一を我々に示してくれた巨匠に、感動の印として示す。アルバート」


アルバート公の賞賛を読むと、やはり、信仰心こそがメンデルスゾーンの音楽の肝なのではないかと思えてきます。神への、のみならず音楽への信仰です。案外、メンデルスゾーンはエリヤの物語に、「堕落した芸術のバアル信仰」と戦う、自分自身を見たのかも知れませんね。

それはともかく、預言者エリヤの物語は、マタイ福音書やヨハネ福音書に比べるとドラマティックに描かれているので、宗教曲入門にも良いかも知れません。「ベートーヴェンの『ミサ・ソレムニス』は、確かに神々しい曲だが、神々しすぎて眠くなる」という方は、メンデルスゾーンの「エリヤ」はいかがでしょうか。是非聴いてみてください。
2008.07.06 Sunday 19:03 | comments (3) | trackbacks (0)
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comments

| 2008/11/13 05:26 AM
ありがとうございました
エリヤの事良く分かりました
ひとつ質問させてください
ドイツ語が入力できません ウムラウトをどうして入れたらいいのですか いろいろと試したのですが駄目です
キーボード PS/2接続 OADG109配列準拠キーボード(ワンタッチキー付き)
NaGISA | 2008/11/14 06:07 PM
>>うさん
ドイツ語文字(ウムラウトなど)は、Mac OS Xなら「文字パレット」
から入力できます。Windowsは分かりません。ただ、表示する側が
Unicode対応じゃないと表示されない気がします。

普通のアルファベットで票気宇するなら、Aウムラウトは「ae」、
Oウムラウトは「oe」、Uウムラウトは「ue」、エスツェットは「ss」
だったと記憶しています(ちょっと自信なし)。なので、
「Danke schoen」ってな感じになります。
岩崎 高宗 | 2009/09/27 09:59 AM
さすがに疲れてきました(苦笑)。

>何不自由ない幸福な人生を送ったようで

意外にユダヤ系だったことをコンプレックスに
感じていたという噂もあります。

「エリヤ」はサヴァリッシュ指揮のものを
持っていた気がしますが、あまり聴いていません
(汗)。

どうぞ、よろしくお願いいたします。

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